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まぁ チョット聞いてくださいな

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お盆供養に想う

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わたしの田舎の方では12日13日がお盆の入り
(済みません 日を間違えて打ってました! 訂正します)

母の新盆の時は帰国しました
が去年も今年も帰れませんでした

お世話してくれてる、町内に住んでる親戚は
心配しなくても 住職さんに棚経を上げて頂くから大丈夫、
とは言ってくれますけど ねぇ
母には済まない気持ちでいっぱいですし
霊のお迎えも出来てない、普段から空き家になってる家の
ご仏壇に向かって棚経を上げて下さる・・ 
勿論有難いことなのですけど
意味があるのかなぁ  と首を傾げてしまうんです

母が亡くなった後でも親不孝し続けていますでしょう

だから体調が優れなくなって来てるのかなぁ~って
最近 日本のお友達に話しましたんですね

そしたら 叱られました
「亡くなった人は、 ましてあなたのお母さんは
我が子に罰を与えるような人じゃないわよっ」 って

母に会ったこともあるし、
わたしの母への気持ちも昔からよく知ってる友人なので
嬉しかったです  慰められました

この国でキリスト教徒の夫や家族と長年暮らしてますが
正直言って 宗教というか 宗派というか・・ 
少々疑問を持ち出してるんです

でも ネ
厚かった母の信仰心を尊重して 亡くなってからは
葬儀から法事など全てしきたり通りに行う様にして来ました

仏壇もカウンターの一角に、
かなり簡略してました まるで真似事のようなんですけど
一応ミニ祭壇として母の遺影やお位牌などを置いてます

毎朝お茶を、 午後には母の好きだったコーヒーを上げ
毎日お線香は欠かさない・・ といった程度ですけど
わたしなりに母へのご供養をしているつもりになってる・・・

そんな昨今 こんな記事 が目に飛び込んで来ました

こんな記事が目に飛び込んで来ましたよ

目を疑いましたわ   
母のような昔の人間には嘆かわしい傾向でしょうねぇ

時代の流れには逆らえないってことなんでしょうかね

でもまぁ合理的といえば合理的なのかも知れませんね
特にわたしの様に遠くに暮す人間には罪悪感にそれほど
苛まされずに済む世の中に将来はなるのかも知れませんし・・

けれど ま 将来は兎も角 わたしが生きてる間は
母のご供養は仏教徒としての形式やしきたりは知らないなりに
わたしのやり方で続けて行こうと思ってます
母に気持ちが伝わってくれるんじゃないか、 
とそれだけを信じて・・
所詮 自己満足だけなんでしょうけど ね。。。







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